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復職した職場は気まずいのか。周りは淡々で、残ったのは「ここにいてもいいのかな」

駅のホーム脇に電車が静かに停まり、奥を別の列車が光の帯となって通り過ぎていく水彩イラスト 休職と復職

復職した職場は気まずいのか。私の場合、周りは淡々としていました。気まずさは、私が勝手に感じていただけでした。ただ、「ここにいてもいいのかな」という気持ちは、自分の中に残りました。それが消えたのは、自分に割り当てられた仕事を持てたときです。

私は本社で仕事をしていたときに半年休職し、元の企画の部署に復職しました。その約半年後、自分の希望で駅員に移りました。今はフル復職しています。

この記事では、周りが何を言ったかより、復職してから私の中で何が起きて、私が何をやめたかを書きます。

結論。周りは淡々としていた。気まずさは、私が勝手に感じていただけだった

復職した職場に、気まずさはありませんでした。みんな特に何も感じていなかったと、今は思っています。

でも自分では勝手に、見られていると思い込んでしまうところがありました。気まずさの中身は、そこが一番だったのかなと思っています。

書くのは、この4つです。

  • 復職初日が、突然だったこと
  • 周りの空気が「あ、いたの」だったこと
  • それでも「ここにいてもいいのかな」が残ったこと。それをどう扱ったか
  • 駅に移って、それが消えたこと

ただし、これは私の職場の話です。周りがきつい職場もあると思います。あなたの職場がどうかは、私にはわかりません。

復職の日が近づいて、仕事より「周りの目」のほうが怖くなっていませんか。私もそうでした。「また折れるかも」を抱えたまま 駅員に戻った私の復職のリアルには、いちばん不安だったのは「居場所」だ、と書きました。この記事は、その怖さの答え合わせです。私の答えがあなたと違っていても、あなたが間違っているわけではありません。

復職初日は突然だった。通勤訓練のつもりで出勤した朝に「今日から仕事」

正式に復職した初日は、突然でした。私はもう少し、通勤訓練が続くと思っていたからです。

その日も、通勤訓練ということで出勤しました。訓練で何をしていたかはリハビリ出勤って何をするの?カフェで1時間座ることから始めた私の復職訓練に書きました。

朝一番、席に座って少し経った頃だった気がします。復職の許可が出たので、上司から「もう今日から仕事とする」と言われました。言われた瞬間は「あ、そうなんだ」でした。仕事が急に変わったわけではありません。そのまま1日いて、「あ、今日から始まるんだな」と思いました。

帰り道には、こう思いました。これからは通勤訓練ではなくて、仕事になっていくんだな。これが続いていくんだな。

初日のために考えていたのは、聞かれたことに素直に対応すること。それだけです。実際には、特に何も言われませんでした。

復職の前に「こう見られるんじゃないか」と具体的な場面が浮かんでいたかというと、それもありませんでした。さきほどの復職の記事に書いた「居場所」の怖さは、決まった場面があるわけではない、漠然とした怖さだったのだと思います。

初日に何を言えばいいか、もう考え始めていませんか。私の初日は、何も決めないまま始まりました。その時に思い浮かんだことを言えばいい。私はそう思っています。何か準備していると、それはそれで緊張するのかな、と思うからです。決めておいたほうが落ち着くなら、それでいいと思います。

「あ、いたの」。挨拶はいつも通りで、私がいなくても仕事は進んでいた

周りの反応は、腫れ物に触るようでも、拍子抜けでもありませんでした。淡々と、皆さんやっていたんだと思っています。「あ、いたの」みたいな感じでした。

誰かにそう言われたわけではありません。挨拶がいつも通りだったこと。私がいなくても、何一つ欠けることなく仕事が進んでいたこと。それを見て、私がそう受け取りました。

そのときに感じたのが「私が全部やらなくても」でした。少しほっとしました。これなら自分もやりたいことができるな、と思いました。

周りの空気は、通勤訓練の延長線が続いたように感じています。

復職後がしんどいのは当たり前。「また沈まない」ために私が決めたルールには、周りは私を「もう大丈夫な人」として扱ってくれた、と書きました。この記事で書いているのは、それと同じ時期です。

一つだけ、心に置いていたことがあります。「無理だけは絶対しないように」。直属の上司からも常日頃、言われていた言葉です。復職してからも、それは続けようと思っていました。

それでも「ここにいてもいいのかな」は、自分の中に残った

周りからの気まずさは、ありませんでした。残ったのは、自分の中の居心地の悪さです。それは、異動するまで変わりませんでした。

「ずっとここにいてもいいのかな」と思うのは、自分に割り振られた仕事がなかったときです。周りが自分の担当を持って仕事をしているときに、自分は何もしていない感じがしていました。それが自分の中では、とても何か嫌な感覚でした。「ここにいてもいいんだろうか」という感覚に陥りました。

仕事はセーブされていました。任される量が、明らかに減った気がします。それに対して、少し後ろ向きになっている気分がありました。

通勤訓練のときも、仕事をせずに座っている時間はありました。でも、少し違った気がします。通勤訓練のときは、仕事ではなく、復活するための時間。復職後は、そこにいることが仕事。時間の捉え方が、明らかに変わった気がします。

仕事の分担にどう入っていいか分からなかったことは、休職するとキャリアは終わるのか。半年休んで現場に戻った私のその後に書きました。

鉄道でたとえるなら、待避です。各駅停車が駅に止まって、あとから来る速い列車を先に通すことがあります。止まっているように見えますが、順番を待っているだけです。先に通すことも、時刻表に組み込まれた仕事のうちです。通し終えたら、また走り出します。割り振られた仕事がなかった時間の私は、先に通す側でした。それでも、その時間が復活していくためのステップだったので、一つ一つやってみました。

周りが忙しそうにしている中で、自分だけ手が空いていると、いたたまれなくなっていませんか。私もなっていました。私の場合、それは復職直後の仕事の量の話で、私の価値の話ではありませんでした。

居心地の悪さを、私はこう扱った

居心地の悪さの中で私がやっていたのは、「少しずつ増やす」と「やめる」でした。

会議に出るところから、少しずつ

まずは会議に出る。議事録を取る。それだけでいっぱいいっぱいでした。

復職して間もない頃、30分の会議に出ると、一気に疲れが出た気がしています。本当に、会議が最初の頃は嫌で嫌でしょうがなかった思い出があります。そこから少しずつ、参加できる時間を増やしていきました。

やめたこと① 気に入られようとすること

「無理だけは絶対しないように」を、私はこういう形にしました。気に入られようとすることを、やめる。

この人に気に入られたら話はうまく進む、と思うことはあります。それでも、自分が無理なものは無理としっかり言う。そう決めました。しっかり自分のことを言うことです。

やめたこと② 評価のために、誘いに全部出ること

もう一つやめたのは、誘いに全部出ることです。

それまでは、評価されるかもしれないということで、飲み会なんかも全て参加していました。でも休んで、無理していたことがわかった。だから、やめました。

体調を回復させている最中なので、飲み会は少し嫌だと言って断りました。家族で予定を確認して、「家族で予定がある」と言ったこともあります。

企画の部署にいた頃は、まだ回復の途中でした。自分が本当にやりたいと思ったことに参加するようになったのは、駅に移ってからです。本当に参加したいのであれば、自分自身も楽しくできたと思っています。今の、行きたければ行く・二次会は断る、というやり方も、駅に移ってからの話です。休職するとキャリアは終わるのか。半年休んで現場に戻った私のその後に書きました。

戻ったら、前より頑張って評価を取り戻さなきゃ、と思っていませんか。やめられなくても大丈夫です。私も、無理をしていたと気づいたのは、休んだあとでした。

駅に移って、「ここにいてもいいのかな」は消えた。自分の仕事があったから

駅に移ったときに、「ここにいてもいいのかな」は消えました。最初から自分の仕事が割り当てられていたからです。それをやることでいっぱいいっぱい、いい意味でいっぱいいっぱいだった気がします。

新しい職場の人には、休職のことは知られていませんでした。ただ、移った先の直属の上司は、知っていたみたいです。事情がわかる人には、聞かれたら、ありのままを言いました。いろいろあって体調を崩した、と。話してみて、皆さん「あ、そうだったの」ぐらいです。特に、これといって感情移入されるようなことはありませんでした。

もし企画の部署にいたままだったら、消えていたか。おそらく消えなかったと思います。今になって思うと、環境を変えたからこそ、他人は他人、自分は自分、と考えられるようになった気がします。周りの人がごっそり変わったことで、それまでの考え方を物理的に削除できたのだと思います。

ただ、異動しなさい、と言いたいのではありません。私の居心地の悪さの正体は、割り振られた仕事がないことでした。だから、最初から仕事のある場所で消えた。環境の変え方は、本当に人それぞれだと思います。だからこそ、自分の考えに固執せず、周りの言葉にも目を向けてみるのがいいと思います。

もう一つ。消えたのは「ここにいてもいいのかな」だけです。「また折れるかも」を抱えたまま 駅員に戻った私の復職のリアルに書いた「また折れるかも」の怖さは、駅に移って、私の感覚では1年ほどで「もう大丈夫かな」と思えるまで続きました。今も、完全には消えていません。それは、この記事とは別の話です。

「ここにいてもいいのかな」は、いつまで続くんだろう。そんなふうに、終わりの日を探していませんか。私の場合、同じ部署にいる間には終わりませんでした。それでも、その間にやっていたことは、復活していくためのステップだったと思っています。終わりの日を探さなくても、いいと思います。

復職の日が近づいて、周りの目が怖いあなたへ

復職の日が近づいている人に、伝えたいことは一つです。あなたは一人じゃない。

逆に、言えないことがあります。相手の気持ちを推し量ることです。相手がどう思っているかなんて、自分にはわからないことです。なので、まずは自分のことに集中する。それが大事だと思います。

今、振り返ると、「こう見られているんじゃないか」と頭で思っても、結局それは他人が勝手に思っていることだと思っています。ただ、復職の前や駅に移ったときは、まだそこまで考えることはできませんでした。今だから、言えることです。

今日やってほしいこと

今日、「周りにこう思われている」という言葉が頭に浮かんだら、その後ろに小さく「(それは相手の話)」と付けてみてください。消さなくていいです。付けるだけで十分です。

ここまで読んでくださって、ありがとうございます。あなたの戻る先の空気は、私にはわかりません。それでも、一人じゃないことだけは書いておきます。

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この記事は個人の体験です。回復のしかたや職場での過ごし方には個人差があります。心や体の不調が続く場合は、我慢せず身近な人や専門家に相談してください。休職・復職の判断は主治医・産業医などの専門家にご確認ください。

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