結論から言います。復職してからしんどいのは、失敗ではありません。
私は心の不調で半年休職し、復職しました。戻った直後、「また折れるかも」という不安は10段階の10でした。今は2です。ゼロにはなっていません。
変わったのは、根性でも気合でもありません。沈む前に気づくやり方を、自分なりに決めただけです。
この記事では3つ書きます。
- 私の不調のサインが、どこに出るか
- サインが出た日に、実際に何をするか
- 復職してから手放した2つのこと
復職までの話は第4話に書きました。まだの方はこちらからどうぞ。
▶ 「また折れるかも」を抱えたまま 駅員に戻った私の復職のリアル
先に一つだけ。これは私一人のやり方です。合う合わないは人それぞれなので、体調のことは必ず主治医に相談してください。
「戻れた」はゴールじゃない
復職して分かったことがあります。しんどさの正体は、周りとのズレでした。
職場の人は、戻ってきた私を「もう大丈夫な人」として扱います。ありがたいことです。でも私の中身は、まだ不安のままでした。この差がきつい。
「また休むことになったらどうしよう」。そう思っている人、その感覚は正しいです。復職したあとにも沈む日は来ます。私も何度も沈みました。
ただ、休職前とはっきり違うことが一つあります。今の私は、自分が沈み始めたことに、自分で気づけます。
私の不調のサインは、3か所に出る
「なんとなくしんどい」のままでは手が打てません。私はサインを3か所に分けて見ています。体・行動・考え方です。
| どこに出るか | 私の場合のサイン |
|---|---|
| 体 | 朝起きたときに頭が重い、体が重い。動きたくない。「後ろめたい」感じの感覚 |
| 行動 | 常に何か焦って動いている。「これもやらなきゃ、あれもやらなきゃ」 |
| 考え方 | 周りと比べてしまう。「早く戻らなきゃ、早く仕事できなきゃ」と自分を追い詰める |
体のところに書いた「後ろめたい感じの感覚」は、うまく説明できません。悪いことをしたわけでもないのに、朝から後ろめたい。私の場合、これが出たら要注意です。
第1話に書いた「眠れない・食べられない」は、もっと後の段階のサインでした。この3つは、それより手前で出ます。手前で気づけるほど、打つ手は軽くて済みます。
赤になる前の、黄色で速度を落とす
鉄道の信号には、赤(停止)の手前に必ず黄色があります。黄色は「次の信号で止まれる速度まで落とせ」という合図です。黄色のうちに落としておくから、赤に突っ込まずに済みます。
心も同じだと思っています。また休職という赤の手前には、必ず黄色が出ている。私のルールは、黄色を見つけたら速度を落とす。それだけです。
やることは2つあります。
1つめ。もう無理をしない
ゆっくり休んで、寝る。自分の好きなことをする。何も考えない時間にあてる。休職の初めにやっていたことと同じです。
大事なのは、日にちがかかってもそこを変えないことです。「明日には戻さなきゃ」と思わない。ここで焦ると、黄色のまま赤に突っ込みます。
2つめ。気持ちを隠さず、正直に伝える
妻にも、上司にも、どちらにも言います。良く見せようとしません。
復職直後の上司は、いつも気を使ってくれました。それでも、向こうから聞かれるのを待ちませんでした。自分から「少しいいですか」と言って、必ず相談するようにしていたんです。
大げさじゃないか、と思うかもしれません。逆でした。早く言うほど、話は小さくて済みます。黙っていた時間の分だけ、あとで大ごとになる。
復職して手放した2つのこと
無理をしないと決めても、それだけでは沈みます。考え方のほうも2つ手放しました。
手放したもの① 周りと比べること
私が崩れた原因の一つは、比べることでした。出世、お金、「自分が一番じゃなきゃダメ」という感覚。全部やめました。
代わりに決めたのが、これです。自分は自分、相手は相手。 自分ができることをやる。できた結果は、相手が勝手に評価してくれる。
やってみて分かったのは、自分が自分でいるときがいちばんストレスがない、ということでした。相手のためにやるのも大切です。でも、まず自分を大事にする。順番を変えたら、自分を楽しめるようになりました。
手放したもの② 「これでOK」という質へのこだわり
もう一つは完璧主義です。休職前の私は、自分が納得できる形になるまで抱え込んでいました。
でも仕事は、他の人が評価するものです。自分が良くても、相手がNGならやり直しになる。だったら、完璧にしてから見せる意味はありません。
今は6〜7割で見せます。「まだ途中ですが」と先に言って、そこからどんどん直していく。手戻りが減って、抱える時間も減りました。第4話で、仕事を全部自分で抱えるのをやめたと書きましたが、その中身はこれです。
続けていることと、支えてくれた人たちとの今
続けている習慣は、じつは形のあるものがほとんどありません。強いて言えば早起きくらいです。
やっているのは、無理をしないこと。できることをやり、できないことはやらない。自分を追い詰めず、相手の評価を気にせず、淡々と積み上げる。地味ですが、これが一番効いています。
支えてくれた四者との距離も、少しずつ変わりました。
- 上司:私が異動したので、今は何かあれば連絡する形です。連絡するとすぐ相談に乗ってくれます。ありがたいです
- 妻:特に変わりません。病気の前も後も、淡々と同じでした
- 臨床心理士(心の相談にのる専門家):復職直後は月1回。落ち着くにつれて2か月に1回、3か月に1回と間があき、今はカウンセリングを受けていません。ただし、何かあればすぐ連絡できるようにしてあります
- 主治医:今も月1回の診察です。どんなときに症状が出るか、体力がもつか。現状の確認を続けています
臨床心理士のところだけ補足します。「もう終わり」にしたのではありません。つながる線は残したまま、間隔をあけているだけです。いつでも戻れる道があると分かっているから、安心して離れられます。
「また折れるかも」は、10から2になった
冒頭に書いた数字の話です。復職直後は10。今は2。
下がった理由は2つだけです。
一つは、職場が変わったこと。私は復職して約半年後、自分の希望で企画の部署から駅員に移りました。自分が崩れた場所と距離を置けたことが、いちばん大きかったと思います。この経緯は第4話に書きました。
▶ 「また折れるかも」を抱えたまま 駅員に戻った私の復職のリアル
もう一つは、他人と比べなくなったこと。崩れた原因そのものを手放したから、数字が下がりました。
そして、2はゼロではありません。不安は今もあります。ただ、不安が消えるのを待つ必要はありませんでした。10のときは働けませんでしたが、2なら抱えたまま働けます。
不安が残っている自分は、ダメな自分ではありません。
今日やってほしいこと
最後に、一つだけ。
しんどくなったとき、最初に声をかける人を1人決めて、その名前をスマホのメモに書く。
30秒で終わります。今日その人に連絡しなくて大丈夫です。決めておくだけでいい。
しんどいときは、「誰に言えばいいか」を考える力そのものが落ちます。元気なうちに決めておけば、サインが出た日に、迷わず手を打てます。
ここまで読んでくださって、ありがとうございます。復職してからのしんどさは、あなたが弱いからではありません。私も、今もその中にいます。
出発進行!
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体調や働き方の判断は、必ず主治医・産業医の指示に従ってください。回復にも復職後の過ごし方にも個人差があります。この記事は筆者一人の体験であり、特定のやり方をすすめるものではありません。

