(休職→復職シリーズ 第1話)
仕事で心が折れた鉄道員が、半年の休職を決めるまでを正直に綴りました。眠れない・食べられないという体のサイン、お金・復帰・家族という3つの不安。同じ場所で立ち止まっているあなたへ。読み終えたら少し息がしやすくなる第1話です。」いつもは切符や駅の話を書いています。今日は少し違う話をさせてください。
心が折れたと感じているなら、それはもう休んでいい合図です。
いま、布団の中でスマホを握りしめていませんか。「仕事 心が折れた」と検索して、この記事にたどり着いたのかもしれません。私も同じでした。深夜に、誰にも言えないまま、答えを探していました。
この記事では、私が半年の休職を決めるまでを正直に書きます。読み終えたとき、少しだけ息がしやすくなっていたら嬉しいです。
「心が折れた」と検索したあなたへ、まず言いたいこと
甘えでも、弱さでもありません。
心が折れるのは、それだけ真面目に働いてきた証拠です。どうでもいい仕事なら、心は折れません。あなたが折れそうなのは、ちゃんと向き合ってきたからです。
とはいえ、休むのが怖いのもわかります。頭の中は不安でいっぱいのはずです。私の場合、怖かったのは3つでした。
- お金のこと。休んだら収入はどうなるのか
- 戻れるのか。一度抜けたら、もう居場所はないんじゃないか
- 家族のこと。妻や子どもに、どう説明すればいいのか
この3つの不安には、このシリーズで全部答えていきます。今日はその第1話です。まずは「どうやって休むと決めたか」から書きます。
限界は、ある日突然じゃなく「小さなサイン」で来る
心が折れる瞬間は、ドラマみたいに派手には来ません。
ある日いきなり倒れるわけじゃないんです。振り返ると、体と心が先に小さなサインを出していました。私はそれを、ぜんぶ見て見ぬふりをしていました。
体が先に音を上げていた
最初に異変が出たのは、体でした。
最初は、食べることでした。何を食べても美味しくない。
次に、眠れなくなりました。布団に入っても、朝までうまく眠れない。
仕事の準備にも、時間がかかるようになりました。着替えて家を出るまでに、30分以上かかる。休みの日に休んでも、休んだ気がしない。通勤の途中は、いつもトイレにこもっていました。
そして、だんだん体に力が入らなくなっていったんです。
いま思えば、これは体からのSOSでした。当時は「疲れてるだけ」で片付けていました。鉄道の仕事は泊まり勤務もあります。眠りが不規則になるのは当たり前だと、自分に言い聞かせていたんです。
心が動かなくなっていた
体の次は、心でした。
何をしても、楽しくない。好きだったことも、どうでもよくなりました。
職場で仕事の話をするのが、とにかく嫌でした。頭が働かなくて、感情が回らない。何も考えられない。ただ思考が止まっているような状態でした。
いちばん怖かったのは、何も感じなくなっていく感覚でした。うれしいも、楽しいも、遠くなっていく。その頃には、もう自分では戻れないところまで来ていました。
それでも休めなかった。私を縛っていた3つの「怖い」
サインに気づいても、私はすぐには休めませんでした。
3つの「怖い」が、足を縛っていたからです。さっき挙げた不安が、そのまま重石になっていました。
ひとつ目は、お金です。休んだら収入は減ります。
我が家の稼ぎ頭は、私です。自分の収入がなくなると思うと、本当に怖かった。
お金は、生活していくうえで欠かせません。だからこそ、辛かったです。
ふたつ目は、戻れるかどうかの不安でした。
自分が抜けたら、周りに迷惑をかけるんじゃないか。そう思うと、動けませんでした。
それに、自分のキャリアはもううまくいかないんじゃないか。そんな恐れもありました。
三つ目が、家族への後ろめたさです。
家族には、心配をかけたくありませんでした。
でも、自分が生きていくうえで大事なこと、家族の幸せも大切にしたい。その気持ちも、同じくらい強くありました。
この3つを抱えたまま、私はさらに数か月、無理を続けました。いま振り返ると、あのがんばりは、いちばん要らなかったがんばりです。
背中を押した「ひと言」と、決めた日のこと
結局、私を動かしたのは自分の決意ではありませんでした。
ある人のひと言でした。
立てなくなった、朝のことです。体に力が入らず、動けませんでした。
私は妻に相談しました。返ってきたのは、短い言葉でした。
「すぐ病院に行って」
もともと通っていたカウンセリングの先生に相談したときも、答えは同じでした。すぐ病院に行ったほうがいい、と。
正直、病院に行くのは嫌でした。でも、動けないのは事実です。その事実には、逆らえませんでした。
私は病院に行きました。
診察を受けて、先生に言われました。「これは病気なので。一旦仕事を中断して、休みなさい」
その瞬間、張りつめていた糸が切れました。本当にホッとしたんです。
自分ができないんじゃない。
病気になっているから、できない。病気なら、治せばいい。
そう思えたんです。しっかり自分と向き合って、治していく。その覚悟を、あの日に決めました。
こうして私は、仕事を離れることを決めました。心の不調で、しばらく休む。それを認めるまでに、ずいぶん時間がかかりました。
休みは、結果として半年になりました。どれくらいで戻れるのか、あのときの私にはわかりませんでした。
休むのは逃げじゃない。線路は続いている
休職は、脱線ではありません。
一度停まっても、線路は続いています。停車は、次の駅へ進むための準備です。私は半年休んで、いまは復職して後輩の指導もしています。あのとき停まったから、いまがあります。
もしあなたが同じ場所に立っているなら、今日ひとつだけやってみてください。
限界のサインを、ひとつ紙に書き出す。
眠れない、食べられない、笑えない。なんでもいいです。頭の中でぐるぐるさせず、外に出す。それだけで、自分の状態が少し見えてきます。書き出すのは、休職への第一歩ではありません。自分をちゃんと見てあげる、最初の一歩です。
次の第2話では、いちばん多い質問に答えます。「休んだら、お金はどうなるのか」。傷病手当金のことや、我が家の家計をどう乗り切ったかを、正直に書きます。
▶ 休職したらお金はどうなる?傷病手当金でいくら入ったかを正直に書く
そもそも鉄道員の仕事がどれだけ過酷か知りたい方は、こちらもどうぞ。
今日はここまで。しんどいなかで、ここまで読んでくれてありがとうございます。あなたの心が、少しでも軽くなりますように。出発進行!

