私の通勤訓練の初日は、カフェで1時間座るだけでした。
「リハビリ出勤」と聞くと、少しずつ仕事を始めるイメージを持つ人が多いと思います。でも私の場合、最初の1か月は仕事に一切触れていません。ちなみに私の会社では「通勤訓練」と呼ばれていました。以下、この記事では通勤訓練と書きます。
この記事で分かるのは3つです。通勤訓練で実際に何をするのか。どのくらいの期間がかかるのか。そして、進め方を誰が決めるのか。
復職までの全体の流れは、前の記事「また折れるかも」を抱えたまま 駅員に戻った私の復職のリアルに書きました。今回はそのなかの通勤訓練だけを、もっと細かく書きます。先にお伝えしておくと、この訓練の中身も期間も、会社によって、そして人によって違います。私の体験は、あくまで一つの例です。
通勤訓練とは、仕事をせずに職場へ近づく練習のこと
通勤訓練とは、復職の前に、体と心を職場に慣らしていく期間のことです。
呼び名は会社によって違います。「リハビリ出勤」「試し出勤」「慣らし出勤」と呼ぶところもあります。中身も違います。最初から軽い仕事をする会社もあれば、私のように仕事に一切触れず、ただ職場に近づく練習だけをする会社もあります。給与が出るかどうかも会社ごとに違います。
だからこの記事を読んで「自分もこうしなきゃ」と思う必要はありません。自分の会社の制度がどうなっているかは、人事に確認してください。ここが分からないまま進めると、後で戸惑うことになります。
私の第1段階:週2回、職場の近くのカフェで1時間
私が最初にやったのは、休み始めて2か月ほど経ったころ、週2回、職場の近くのカフェに行って1時間過ごすことでした。
やることは決まっていません。本を読んだり、FPの勉強をしたりしていました。頼むのはドリンクバーです。カフェからは自分の勤務する建物が見えていて、その建物をぼんやり眺めながら過ごしていました。
訓練の初日、駅からカフェへ向かう途中で、職場の同僚と会ってしまいました。すごい冷や汗をかいて、ドキドキが止まりませんでした。ただ訓練をしに来ただけなのに、何もできていない自分がきつかったんです。「仕事をしていない自分が、どんなふうに見られているんだろう」と、自己嫌悪に陥りました。
それでも、初回を終えて帰るときの気持ちは、「なんとかできた」でした。ただの1時間が、思った以上にしんどかったのを覚えています。それ以降、頭のなかには「また誰かに会ったらどうしよう」という気持ちが、ずっとありました。
時間を増やす判断は、その日の調子で
カフェで過ごす時間や回数は、少しずつ増やしていきます。でも増やし方に決まったペースはありませんでした。
私が基準にしていたのは、その日の気分です。調子が良ければ行く。ちょっとでも調子が悪ければ、行くのはやめる。「絶対に無理だけはしない」と決めていました。これは主治医からも、個人的にお願いしていたオンラインカウンセリングの臨床心理士さん(心の専門家)からも、言われていたことでした。
「行かない日を作る」というと、さぼっているように聞こえるかもしれません。でも私はこれを、回復のための大事な判断だったと思っています。無理に毎回行こうとしていたら、途中で潰れていたはずです。行けない日があっていい。むしろ、行けない自分を責めずに休めたことが、次に行くための力になっていました。
職場のビルに入るまで、1か月。入るだけで精一杯だった
カフェで過ごすことに慣れてきたら、次は職場のビルに入る訓練です。私の場合、カフェから始めて、ビルに入れるようになるまで1か月ほどかかりました。
「誰かに会って、何か見られたら嫌だな」という思いは、実はビルの段階に限らず、訓練のあいだずっと私の中にありました。初日、カフェへ向かう途中で同僚と会ってしまった、あの経験があったからです。なかでもビルの中に入る段階では、その不安がいちばん強く出ました。ビルの中に入るだけでも、当時の私には本当に精一杯だったんです。
今振り返ると、あの感覚の正体は、病気で休んでいることへの後ろめたさだったと思います。気にしていたのは、同じ職場の同僚や、同じビルで働く顔見知りの人たちでした。「この人に会うのが怖い」という具体的な相手がいたわけではありません。もっと漠然と、「見られているのではないか」という自己嫌悪のほうが強かったんです。
頭のなかで鳴っていたのは、「あ、こいつ精神疾患で休んでるんだ」「負けたんだな」「結局病気か」という声でした。実際に誰かにそう言われたわけではありません。休んでいるあいだ、自分は何も悪いことをしていません。それでも、当時はそう感じてしまっていたんです。今なら、あれは思い込みだったと分かります。でも渦中にいるときは、その思い込みから抜け出すのが難しいものだと思います。
端っこの席に座って、仕事はしない
ビルに入れるようになったら、次は席に座る訓練です。当時の職場はフリーアドレス(座席が決まっておらず、空いている席を自由に選んで座る働き方)でした。私はいつも、端っこの、誰も来ないような席を選んで座っていました。
初めて席に行った日、緊張で心臓がバクバクしていました。上司と少し話して、その日はすぐに帰りました。
席に座っていても、仕事はしません。何もすることがないまま、ただ時間が過ぎるのを待つだけです。正直、きつい時間でした。「早く時間が過ぎないかな」とばかり考えていました。それでも席を離れなかったのは、「これを経験しなければ、自分は復職できない」という思いがあったからです。鉄道でいえば、お客さんを乗せない試運転のようなものだったと思います。走ってはいるけれど、まだ本番ではない。
同僚に声をかけられたときは、「はい」とだけ返すのが精一杯でした。最初のうちは、正直「声をかけないでくれ」とすら思っていました。それでも徐々に声をかけてもらえるようになり、そのやり取りが少しずつ楽しみになっていきました。ビルに入ってから席に座れるまで、この段階には2か月ほどかかっています。
いちばん効いたのは、上司に隠さず話し続けたこと
この訓練のあいだ、私はずっと上司と話していました。何か特別な報告ではありません。1、2分でもいいから、「今日はこんな感じだった」と伝えるだけです。直接話せない日は、文章で残していました。
良く見せようとしなかったのが、良かったのだと思います。「今日はしんどかった」と言える日を作れたことが、次の一歩を後押ししてくれました。一人で抱えて「大丈夫です」と言い続けていたら、途中でどこかが折れていたはずです。
進め方を決めるのは、あなた一人ではない
ここまで書いた段階の進み方は、自分一人で決めたわけではありません。主治医(治療してくれるお医者さん)、産業医(会社の健康を診る医師)、会社と話し合いながら決めていくものです。
私の場合はさらに、先ほど書いた臨床心理士さんにも話を聞いてもらっていました。この四者と話しながら、最後は自分の中で決めていきました。
「もう大丈夫」と自分だけで前のめりに判断しない。逆に「まだ無理かも」と一人で抱え込みすぎない。どちらも、専門家や会社を交えて確かめていくことです。訓練の期間もペースも、この記事に書いた数字がそのまま当てはまるとは限りません。
これから訓練に入るあなたへ
私の場合、カフェで過ごす訓練からフル復職まで、だいたい4〜5か月かかりました。カフェからビルまで1か月、ビルから席まで2か月。長いと感じるかもしれませんし、思ったより短いと感じるかもしれません。それは人によって違います。
今日やってほしいことは1つだけです。次に会社と話すとき、どこから始められそうかを、自分の言葉で1つ書き出しておいてください。カフェに行くことでも、ビルの前まで行くことでも、家を出てスーツを着て駅に行くことでもかまいません。小さな一歩を、自分の言葉にしておくことが、次に進む力になります。
今日はここまで。ここまで読んでくださって、ありがとうございます。あなたの通勤訓練が、あなたのペースで進みますように。
出発進行!
休職→復職シリーズ
- 第1話 仕事で心が折れた。鉄道員の私が半年の休職を決めるまで
- 第2話 休職したらお金はどうなる?傷病手当金でいくら入ったかを正直に書く
- 第3話 休職中、何もできない自分を責めていた。半年間の過ごし方を正直に書く
- 第4話 「また折れるかも」を抱えたまま 駅員に戻った私の復職のリアル
通勤訓練の進め方・期間は、必ず主治医・産業医の指示と、会社の制度に従ってください。ここに書いたのは筆者一人の体験であり、個人差があります。

